内房の風はあたたかく。
*いつもボクのブログを読んでいただいている方々、すごくプライベートな内容ですいません!父から娘への手紙ということで、お目汚しですがご勘弁を!
紗來へ: ボクの心象風景はいわゆる日本の想い出で、これはボクにとっての原風景ともいえる景色を記す試みです。 太古からなる大和の景色はアジアの調べとはまた少し異なり、キミの生まれ育ったこの国のそれとも大きく異なるでしょう。 しかしそこにいつか未来のキミが、僅かでも自分の立ち居地を見つけられることを祈り、いつかその風景を思い描き、訪れるであろう日を夢見て、これを伝えます。
千葉市から内房を南へ南へとくだる。
館山の方に向かい、海沿いの道を降りていくと、やはり当然のことだけれど空気はあたたかく、風は優しい湿り気を運んでくる。
そうやって内房を、海沿いの道を降りてくると、そのどこかに、小さな燈台を見つけることができる。
すでに使わなくなって久しいであろうこの燈台は、決して大きく、天に向かって聳え立つようなものではないが、それでも昔は海に向かって光を放ち、海を行き交う人々にその存在を知らしめていたのだろうと思う。
ボクが学生だった時分、よく一人でこの燈台までクルマを飛ばした。
3月下旬。
クルマをとめ、海へ向かって小道を降りるとようやくこの燈台の全景を捉えることができる。
小さく白い燈台。
どうして見つけたのかは忘れてしまったけれど、ボクがこの燈台に足を運んだのは一度や二度ではない。
ボクがここを訪れるのは、本を読むためだった。
燈台のすぐ目の前に腰を下ろす。
石垣かコンクリートか・・・何かそんなに洗練されていないその人造の地面のどこかに心地のいい場所を見つけてすわり、寝転ぶ。
目の前には美しい黄色と瑞々しい緑が広がる。菜の花の畑である。
確か奥のほうには小さな民家のような建物があったように思う。
そして、その後ろには、内房の静かな海原が、優しい青さをたたえている。
空は青く、海も青く、風も青い。
海からの風を全身に受け、読みなれた文庫本のページをひらく。
目では行を追い、心では何か全く別のものを追いかける。
読みなれたストーリーは全く頭に入ってこないのだけれど、行を追いページを繰るごとに、ストーリーではない何かに満たされていく自分を感じる。
風が汐の匂いをはこぶとき、海がさっきまでとは違う表情を見せていることに気がつくだろう。菜の花の香りを確かめようとしたとき、花の香りより尊い、大地の匂いの存在に気がつくだろう。
全ての事象は己の存在の有無に関らず、生まれ、変化し、朽ちていく。
永遠とも思える時の中で、飽きることなく繰り返されるこの大いなる矛盾の連鎖に、いったいどう関っていくかを決めるのは自分自身なのである。
内房の風はあたたかく人に優しい。それは決して人が望んだからではなく、はじめから、いつも、ただそうだっただけだ。
しかし、ボクがこの場所で何度も本を開いたのは、そこに誰かが、この燈台を建てたからなのである。
Posted: August 19th, 2008 under 君に伝えたい風景.
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最近よく
世界中のどの街でも同じなのかもしれないけれど、高度に商業化された都市というのはある意味非常にEnclosed な部分を持っている。
これまで日系のスーパーとかには全く縁のなかったボクのニューヨーク生活ですがヨメさんのたっての希望で、NJにある
クシャミしたら、周りからBless you… でもThank you! といって振り向くとどう見ても日本人・・・「あんた、さっき日本語じゃべってたじゃん!」。
いつも会社帰りによってる近所のスーパーには8時まで鮮魚コーナーがある。
裏側の貝柱も切り離してレモンと一緒に皿に盛り付けをする。
いまのところボクが考えている都市型スローライフとは、これまでの自分の生活をベースに(つまりボクの場合、経営者としての仕事はこなしながら)、その部分の比率を少しずつ下げ、その分で自らの生活の自給率を上げるということにある。