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内房の風はあたたかく。

*いつもボクのブログを読んでいただいている方々、すごくプライベートな内容ですいません!父から娘への手紙ということで、お目汚しですがご勘弁を!

紗來へ: ボクの心象風景はいわゆる日本の想い出で、これはボクにとっての原風景ともいえる景色を記す試みです。 太古からなる大和の景色はアジアの調べとはまた少し異なり、キミの生まれ育ったこの国のそれとも大きく異なるでしょう。 しかしそこにいつか未来のキミが、僅かでも自分の立ち居地を見つけられることを祈り、いつかその風景を思い描き、訪れるであろう日を夢見て、これを伝えます。 

千葉市から内房を南へ南へとくだる。

館山の方に向かい、海沿いの道を降りていくと、やはり当然のことだけれど空気はあたたかく、風は優しい湿り気を運んでくる。

そうやって内房を、海沿いの道を降りてくると、そのどこかに、小さな燈台を見つけることができる。

すでに使わなくなって久しいであろうこの燈台は、決して大きく、天に向かって聳え立つようなものではないが、それでも昔は海に向かって光を放ち、海を行き交う人々にその存在を知らしめていたのだろうと思う。

ボクが学生だった時分、よく一人でこの燈台までクルマを飛ばした。

3月下旬。

クルマをとめ、海へ向かって小道を降りるとようやくこの燈台の全景を捉えることができる。

小さく白い燈台。

どうして見つけたのかは忘れてしまったけれど、ボクがこの燈台に足を運んだのは一度や二度ではない。

ボクがここを訪れるのは、本を読むためだった。

燈台のすぐ目の前に腰を下ろす。

石垣かコンクリートか・・・何かそんなに洗練されていないその人造の地面のどこかに心地のいい場所を見つけてすわり、寝転ぶ。

目の前には美しい黄色と瑞々しい緑が広がる。菜の花の畑である。

確か奥のほうには小さな民家のような建物があったように思う。

そして、その後ろには、内房の静かな海原が、優しい青さをたたえている。

空は青く、海も青く、風も青い。

海からの風を全身に受け、読みなれた文庫本のページをひらく。

目では行を追い、心では何か全く別のものを追いかける。

読みなれたストーリーは全く頭に入ってこないのだけれど、行を追いページを繰るごとに、ストーリーではない何かに満たされていく自分を感じる。

風が汐の匂いをはこぶとき、海がさっきまでとは違う表情を見せていることに気がつくだろう。菜の花の香りを確かめようとしたとき、花の香りより尊い、大地の匂いの存在に気がつくだろう。

全ての事象は己の存在の有無に関らず、生まれ、変化し、朽ちていく。

永遠とも思える時の中で、飽きることなく繰り返されるこの大いなる矛盾の連鎖に、いったいどう関っていくかを決めるのは自分自身なのである。

内房の風はあたたかく人に優しい。それは決して人が望んだからではなく、はじめから、いつも、ただそうだっただけだ。

しかし、ボクがこの場所で何度も本を開いたのは、そこに誰かが、この燈台を建てたからなのである。

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コンタクトレンズ

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夏、ニューヨークではクルマの運転時にサングラスが必要。

クルマ乗ってるときに限らず、ここの日差しは日本のそれより随分強い(気がする)のでサングラスは目を守るためにも絶対に必要だと思う。

してないと目、痛くなる。

皮膚癌が多いのは肌の色だけの問題ではないのでは??

で、普段メガネかけてるボクとしては、度付のサングラスを購入するか、コンタクトにするかなんだけど、度付のサングラスは異常に高価。

以前毎年スノボに行ってたときにはどうしても必要で作ったんだけど、8万円くらいかかった・・・。

だからやっぱりコンタクト。

ということで数ヶ月前に使い捨てコンタクトをつくってこっち(NY)にいるときはメガネをやめた。

 ・・・これがすこぶる不評。

メガネ付のボクの顔になれた人たちからはメガネ無しだと「何か足りない」と感じるらしい。

スタッフのSarah まで「ええっ~テツヲの顔そんなんだったの~っ!」とかいう始末。

なんか変だからやめて~!・・・・ってキミら言っとくけどこれがもとの顔なんだって!

メガネかけて生まれてきたわけじゃないから・・・。

メガネかけ始めたのは22くらいの時からで、まだメガネ暦のほうがメガネ無し暦より短いのです。

まぁ何か変だと感じるの分からんわけではないけどね。

メガネなくても顔に違和感内容に、今度なんか仕掛けしようかな・・・ホクロ濃くするとか・・・目張り入れるとか・・・。

皆がボクの顔に慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうである。

シオカオリ、マウサクラ。

*いつもボクのブログを読んでいただいている方々、今回はすごくプライベートな内容ですいません!父から娘への手紙ということで、お目汚しですがご勘弁を!

紗來へ: ボクの心象風景はいわゆる日本の想い出で、これはボクにとっての原風景ともいえる景色を記す試みです。 太古からなる大和の景色はアジアの調べとはまた少し異なり、キミの生まれ育ったこの国のそれとも大きく異なるでしょう。 しかしそこにいつか未来のキミが、僅かでも自分の立ち居地を見つけられることを祈り、いつかその風景を思い描き、訪れるであろう日を夢見て、これを伝えます。 

伊豆半島は大きい半島で、その物理的な小ささに内包された奥行きの深さは時に無限でさえあるように感じる。

ボクが20代だった頃、友や彼女と連れ立っては伊豆方面へとよくクルマを走らせた。

あれは確か西伊豆の、幹線道路からさらにひとつ海に近い細く曲がりくねった道を走っていたときのこと。

幾度と曲がるその道を繰り返すうち、春の日はすっかりと暮れ落ち、街灯は姿を消し、まさに闇夜のドライブとなった。

同乗者の寝息を耳にしながらひたすらあてなく夜の道を走らせた。

西伊豆の道を、北から南に。村を超え町を超え、あたりはすっかり原野山林の様相を呈していた。左に山肌を抱え、右手には海を感じていた。

しばらくすると、それまでヘッドライトの照らす方向にしか利かなかった目に、不思議とあたりの風景がほの明るく姿をあらわしはじめてきた。

その明るさに驚き、クルマをとめ、光の源を確かめようと窓の外を見上げると、そこには青い光を溢れ流す大きな月がこちらを覗き込んでいた。

クルマの外におりてみる。

月の光に包まれながら、ボクは目の前のカーブに身を乗り出し崖の向こうへと視線をうつした。すると、目の前には信じられない光景が広がっていたのである。

白い、青い、そしてほの明るい、崖から吹き上がる光の嵐。

それは、あたかも月の光が何か形あるものへとその姿を変えて一面に舞いたったかのような光の波。その波が崖の下から天空へと吹きぬける。

たちまちボクはそのうす白い光波に身を包まれた。

それは、あたり一面に咲き誇る山桜の花片。

海からの風に舞い上がり、一面に月の光を浴びた夜の桜吹雪であった。

ボクが言葉を忘れ、息をすることすら忘れ、それでもその桜吹雪に包まれながらゆっくり崖に近づいたそのとき、さらに眼前に広がったのは、極彩色の風。

月光をうけた桜吹雪に案内されてボクが見たものは、ひっそりとした夜の漁港に幾十と停留する漁船に掲げられた大漁旗が桜吹雪に舞い翻る姿であった。

シオカオリ、マウサクラ。

そして月光に照らし出される大漁旗はまるで、春夜の宴を知らせるファンファーレのようにボクの心に響き渡った。

喜びと悲しみが同時に押し寄せてきたような、筆舌に尽くせぬ想いとともに。

誰を起こすこともなく一人でクルマに戻り、その桜吹雪の中をまたボクは走り始めた。

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Buy Local ということ。

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img_0404.jpg最近よくBuy Local という言葉が話題に上る。

すごく大きなムーブメントになってるというわけではないが、環境と食にたいする感心の延長線上からよく耳にする言葉。

Buy Local は、Local Purchasing という運動というか考え方のスローガンのようなものである。

その名のとおり「地元のものを買おう」というわけであり、一般的には地元産の生鮮食料品を買うことを指す。

Buy Local の何がよいのかといえば、例えばこれまでメキシコや、カナダや、カリフォルニアなど、遠方の産地からあらゆる交通手段を使ってニューヨークに運びこまれてきていたもの達を買わずにNY州内、もしくはNYC近郊で作られているものを購入するわけで、配送コストが低くなる上に、余分なガソリンを使わず、余分な大気汚染も生み出さないというわけである。

Foodroutes.org によると 平均的なアメリカ国内のプロデュース(生鮮食料品)の産地から自宅までの輸送距離は1300マイル(約2000キロ)であるから、これがもし、例えばNY内で賄えて、せいぜい100マイル程度の移動ですんだら、確かにコストも違えば環境への影響も違いそうである。

そして、もしこれがネイションワイドで行なわれ、さらに世界規模で行なわれたら・・・・うーん、確かに環境にはよさそうだ。

しかし農産物に対する輸出入障壁の撤廃とその自由化みたいな問題とはどうやって折り合いをつければよいのだろうか?

すぐには解決方法がみつからなそうである。

また、消費者の選択肢が狭まるというのも少し気になる。

地元の農家皆がみんな、すばらしい環境で有機栽培とかしてるわけではないだろう。

空気を汚しながら運ばれてきた最高のオーガニックフルーツと、空気は汚してないけど、普通に化学肥料や農薬使ってる地元のフルーツ・・・どっちを選びたいかは価格だけでは決められない。

Buy Local, なんとなく響きはいいのだけれど、ボクの中ではまだあいまいな雰囲気をもつコンセプト。もう少し研究の余地がありそうである。

*写真はうちのアパートの入り口を中から撮った所。1930年に建てられたビルですがちょっと装飾とかが凝っていて気に入っています。

秘密の花園 in NY

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nyc_euclid_gardens.jpg世界中のどの街でも同じなのかもしれないけれど、高度に商業化された都市というのはある意味非常にEnclosed な部分を持っている。

マンハッタンを中心としたNYCもその例外ではなく、マンハッタンから出ることが嫌いなウッディー・アレンのような人はごまんといるし、それどころか、アッパーウエスト(セントラルパークの西側)を出たことがないとかいう人も多い。

しかし、そんな中でもニューヨークが突出しているのはやはり住んでいる人の diversity、多様性だと感じる。

年間数億を稼ぎ出し、キッチンの付いてない高層コンドミニアムに住む20代のウォールストリートハイローラー。

隣を歩いているのは、生活保護を受けながらも毎日Youtube に自分の歌をアップしている50代のおっさん・・・なんていうのがニューヨークの普通の風景である。

そんな街なので、ボクが考えているような、都市部での半自給自足生活をしている人たちというのももちろん存在している。

自給自足、つまり自分で食べる食料を自分で生み出すという生活。都会に暮らす農民たち(?)である。

彼らの多くはコミュニティーガーデンと呼ばれるスペースを使い農作物を栽培しているのである。

同じエリアに住む人々が共有の土地でそれぞれ、あるいは一緒に作物を作りシェアする。もしくは一人でつくり一人で食べてもよい。

コミュニティーガーデン自体の発想は、別に食べ物を作る場所というわけではなく、花や緑を植えてもかまわないし、現にそういう人たちも多い。

ある人は週に1度土いじりがしたくて、ある人は自分の食べるものを自分で生み出したくて、ある人はマスプロデュースへの不信感から、ある人は子供の情操教育のためにと、動機や目的も様々である。

関係ないがアメリカにはGatede Community というものがあり、街自体を壁で囲み、ゲートにはセキュリティを配している場所が幾つもある。中には自治まがいの独自ルールを持つところもある。

また、例えばマンハッタンの分譲アパートの大部分がコンドミニアム(日本で言う分譲マンション)ではなく、コープ (cooperative house と呼ばれる共同所有の集合住宅であり、購入にはそのコープによる適正審査にパスする必要がある。

そんなことを考えると、このこのコミュニティーガーデンという発想も、なんとなくMayflower に乗ってやってきたアメリカ人たちの祖先である Pilgrims 達の生活様式を思わせるところもある。

志を同じにした仲間達が集まって共同生活を送るというCommune 的な発想のにおいがする。

しかしその思想的・社会学的背景はともかく、都市部に住む同じ人間がたまに顔をあわせて土いじりをする。時に収穫を喜び、時に不作を嘆く。家族とともに。

そんなライフスタイルを実践している人たちがこのニューヨークには数多く存在するのである。

マンハッタンに行ったことは歩けど畑なんて見たことない?

実はマンハッタンのコミュニティーガーデンはビルの裏側、表通りからは見えないところにヒッソリと隠れて存在している。

都市生活におけるスローライフ、シンプルライフを実践するための秘密の花園。

それがコミュニティーガーデンである。

*写真はhttp://www.tpl.org/ からの転載。ブルックリンのコミュニティーガーデンです。

日系スーパーMitsuwaデビューの印象。

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img_0405.jpgこれまで日系のスーパーとかには全く縁のなかったボクのニューヨーク生活ですがヨメさんのたっての希望で、NJにあるMitsuwa というスーパーに初めて行ってきた。

すごいですねココ。

想像していた「駐在員カップル&家族に溢れている」のではというイメージからは程遠くって、ピュアジャパニーズを探すのが難しいくらい、中国人、韓国人家族でごった返してた。

そしてそんな中に日本人が混ざってるからややこしい。英語はなせばいいのか日本語はなせばいいのか分からんchaotic な雰囲気。

とんかつ定食注文しようと思ったら、前のアジア人(日本人と思ってた)が英語で注文。おおっ、そうか・・・と思い、ボクも英語で注文。

その後ようやく出来上がってきたロースかつ定食を受け取ろうとしたら、おばちゃんが、「はい、ロースかつ定食」とヒトコト。

で、ボクが「・・・・」という顔をしていると、「Thank you! Have a good day!」と付け足してきた。

いやもう、どうだっていいんだけどね。

img_0406.jpgクシャミしたら、周りからBless you… でもThank you! といって振り向くとどう見ても日本人・・・「あんた、さっき日本語じゃべってたじゃん!」。

お互いに大混乱という感じである。

肝心のMitsuwa 自体であるが、残念ながら魚肉青果は鮮度と値段を考えるととても買う気はしなかった。

しかし、よくもここまで日本の物もってきたなという印象。カリフォルニアならまだしも、NYくんだりまでこれだけの日本商材をもってきたことに拍手である。

結局買ったものといえば、三省堂でSara のための絵本を数冊。ヨメさんは日本のお菓子とインスタントラーメンを20個ほど買い込んでいた・・・。

そうそう、三省堂内為替レートは全くもって好意的なものではないので注意。

なにせ数冊の児童書で80ドル以上。ものによっては日本で買って送ったほうが安いかもしれない。

ボク自身はやっぱり日系スーパーに行く理由は見つけられなかったがヨメさんは、伊藤園の抹茶アイスとか食べながら結構楽しんでいた。

まあそれだけでも行ったかいありでした。

*写真はアジア人の若者たちで溢れかえるMitsuwa のフードコートと、うどんを食うヨメさん(背景はスーパーマーケットエリア)。

Mojito(モヒート)に挑戦。

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pict3681.JPG基本的にはモルト党ですが、時々カクテルに浮気します。

いくら自宅でとは言え、さすがにモルトばかりあけてたら家計に響きますから・・・。

特に夏はジン系のカクテルをよくつくるけど、ジンはやっぱりタンカレーです。ボクはそう思います。

今はボンベイサファイアがCool とかって・・・ボンベイ一回試したけど、なんだか力不足。地力がない感じ。よく言えば、洗練された味なんだけど、タンカレー中毒の人には物足りないでしょう。

ストレートで飲んでもやっぱりタンカレーの勝ち(っていうか好き)です。

さて、タンカレーが空になったのだけど、8個1ドルで買ったライムはまだ残ってる・・・悩んだ挙句、夏ということもあって、Mojito (モジトーではないですよ、モヒートって読みます)に挑戦。

Mojito はラムベースのカクテル。

で、実はラムって、ボクがわざわざ、足を踏み入れずとっておいた、未開の領域。

モルトをもう少し極めたら(って深すぎて極めるのは無理ですが)楽しもうと思っていた酒なのです。

京都にあるAtrantic ってバー。店長(名前失念失礼!)がいたら捕まえてラムについて語りましょう。1語ると1000返ってきます。

以前彼が南米の旅から帰ってきたとき偶然にもお邪魔して、次の日仕事だというのに、彼が密輸してきたラム(というか現地の密造酒?)の数々をご馳走になりました。

そのとき「モルトは終わっても、ラムがあるのか!」っといたく感動・・・っていうかモルトは終わらないんですけどね。

何というか、一つ楽しみが終えても、後にもまだもっと楽しみが控えてるときの嬉しさ。それを実感したのがラムってわけです。

で、話はMojito に戻ります。

ボクが今住んでるところはいわゆるウエストインディアンの支配エリア。なのでちょっとした店に行ったら皆Mojito 飲んでます。

レシピも味もホント色々・・・ミントの葉が入っているということとラムベースであるって事意外、比較的皆色々やってるカクテルだと思います。

ということで、今日作ってみたのは基本的なレシピ。

  1. フレッシュミントの葉を家の前のスーパーで買ってきて、10枚ほどをすり鉢でつぶします。ただしあまりつぶしすぎると飲むとき口に入ってウザイので葉をたたいて押しつぶす感じ。
  2. グラスいっぱいに氷(透明なものplease!)を入れ、砂糖かシロップを、結構多目(砂糖だったらスプーン2杯くらい)いれ、バカルディのホワイトラムを好みの量注ぎます。多目がオススメ。
  3. ライム半分を絞ったフレッシュライムジュースを入れて、トニックウォーター(キニーネが入っているもの推奨)をそっと注ぎステアすれば出来上がり。

 簡単ですが、中々深い味わい。

好みによりますが、ミントは若いものよりある程度等のたったもののほうが苦味が効いて美味しい気がします。

また砂糖を入れるというのにぎょっとするかも知れませんが、ミントの苦味で甘さは程よく相殺されるので、安心してたっぷり入れてください。より味に深みが出ます。

ちなみにボクは我流ですが、ちょっと苦くしたかったので、薄くそいだライムの皮を針状に切って最後に落としました。ライムゼストでも良かったかな。

ということで、暑い夏をMojito で乗り切りましょう! 

飲むともっとあつくなるけどね・・・。

 *え~っと、写真が我流Mojito です。見た目はご容赦。味で勝負(笑)。

うまっ!スーパーで牡蠣を買って喰らう。

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img_0402.jpgいつも会社帰りによってる近所のスーパーには8時まで鮮魚コーナーがある。

で、今日は何にしようかと何となしに眺めていたら、奥のほうに牡蠣がおいてあるのを発見。

NYで牡蠣を食べるときにはオイスターバーに行って食べる。1年中食べられるし鮮度も悪くない。

でもね、スーパーで、それも近所のちっちゃなスーパーで売ってる牡蠣にトライするのか?

本当に本気なのか!?・・・そう、自問自答しながらも、安かったので思わず購入。

12個で8ドルくらい。安いでしょ。

で、店員のおっさんに「どうやって開けんの?あけてくれるの?」って聞いたら、「何ゆーとんのや!自分であけなイカンよーキミー!」見たいな言われよう。

何故か中国人は、ボクの頭の中ではいつも想像上の関西弁を喋っている。 

しかしこのおっさん、いかつい顔ながらも、おもむろにあけ方を目の前で披露してくれた。

牡蠣殻あけるのに彼が使ったのは、もちろん「牡蠣の殻開け専用ナイフ」で、たしかボクのキッチンバイブルでもある’The America’s Test Kitchen Family Cookbook’ にものってたやつ。

「簡単やろ?自宅ではなぁ、ドライバー使えばいいんとちゃうの?」とか言ってる。

まあ大体要領は分かったから何とかなるだろうということで、早速買ってかえりいきなりトライしてみた。

マイナスドライバー・・・牡蠣の殻と殻の間のところに、ググッっと・・・って入んないじゃん(汗)。

仕方ないのでドライバーのしりをハンマーでたたき牡蠣の殻の尻に杭のように打ち込む。

そして、殻の間にドライバーの先が刺さったところでドライバーを握って左右に動かすと・・・ミリッ!ってな具合で殻に隙間ができる。

今度はこの隙間を左手で押さえて、そこにナイフをそっと差込み、殻にへばりついてる貝柱をからから切り離す・・・すると、パカッとご開帳!

img_0403.jpg裏側の貝柱も切り離してレモンと一緒に皿に盛り付けをする。

さて、お味のほうは・・・

一つ目を口に滑り込ませたとたん、その期待を裏切る美味に驚き!

日本の牡蠣ほどクリーミーではないが、かといってあっさりしすぎているわけでもなく、程よく肉感的。口の中一杯に広がる潮の香りがたまらない。

6個の牡蠣を10秒で食べ終わった次第である。

次回は牡蠣の殻開けナイフと共に、上手いウォッカかワインでも用意して望もうと、食べてるそばから思ったNYの牡蠣であった。

都市型スローライフの鍵、自給率。

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img_0356.jpgいまのところボクが考えている都市型スローライフとは、これまでの自分の生活をベースに(つまりボクの場合、経営者としての仕事はこなしながら)、その部分の比率を少しずつ下げ、その分で自らの生活の自給率を上げるということにある。

この場合、想定している自給率は2つ。

一つは自給率の基本、説明必要なしの食糧自給率。そしてもう一つはボク自身が時間自給率と呼んでいるものである。

時間自給率というのはつまり自分自身の裁量で自由に時間を作り出せる割合。

1日24時間の中で、あるいは1週間という時間の中で何パーセントの時間を自由な時間として使えるのかということ。

現在ボク自身は、小さな会社を経営しているが、経営者・・・まぁ言ってみれば八百屋のオヤジというのは、極めてこの時間自給率が低いのである。

もちろん時間は自由に使える。前の晩飲みすぎたら朝ゆっくり起きてもいいし、昼真っ赤らビール飲んでてもかまわない。しかし、それは時間の配分に対する裁量権が高いだけであって、自由な時間を人より手に入れているのとは根本的に異なる。

やらなければならないことは一般的に社員より経営者のほうが多いものでありその責任もまた高いわけである。

その意味において、サラリーマンの時間自給率は比較的高いように感じる。しかし実はこの自給率の高さは、言ってみれば「見かけ自給率」ともいえる表面的なものである場合が多い。

では、時間自給率における本当の自給率と見かけ自給率との差は何か?

それは、手に入れているその時間が金銭的喪失とトレードオフになっていないことである。

つまり、例えば「より働かない」というアクションが「より少ない収入」と結びついている場合、それは本当の時間自給率ではなく、金銭収入減少とのトレードオフにおける見かけ時間自給率の増大ということになるわけである。

ここまで書くとかなりクリアになったはずで、時間自給率を上げるという行為は、不労所得、もしくはそれに近い所得収入源を確保することに他ならない。

不労所得というとすぐに株式投資や不動産などを思い浮かべるかもしれないが、それだけではない。

例えば八百屋のオヤジの店が経営上のある仕組みを生み出し、親父は週に1度だけ顔を出せば十分に仕事が回るようになった。八百屋のオヤジは店に出て野菜を売る仕事から自分の店を管理する仕事へと仕事の質が変わったわけで、こうして得られたこの親父の自由時間は、金銭収入源等とのトレードオフの上には成り立っていない。

それどころかオヤジの収入は以前より増えているかもしれない。しかも店には週に1度だけ行けばよい。これはまさに時間自給率がアップしたことに他ならないわけである。 

そして、こうして得た本当の自由時間。これが都市型スローライフの一つ目の鍵になるとボクは考えているわけである。

この自由な時間に行なうことの内容にかかわらず生活は成り立つ。そしてもし他の仕事をこの本当の自由時間を利用し始めたとしたら、そしてそれがはじめの仕事と同じだけの収入を生み出したなら、以前の仕事に対するdependencyは50% 軽減される。

そう考えると、時間自給率をアップさせながらマルチインカムソース化を図っていくことの重要性が改めて浮き彫りとなる上、仕事をすればするほど自由時間が増える・・・そんな一見して矛盾するような構造を生活に持つことが都市型スローライフ実現の源であると確信している。

*写真はスーパーで買ったソラマメ。結構おいしかったですね。

都市部で実現するスローライフ。

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これは頭の中のメモ。昨日Mixiをはじめてその日記に書いたものの、よく考えたらBlogと同じことに気がつきこちらに移しました。

実はこのBlog のタイトルも少し変え、内容を自分自身が求めるライフスタイルである、都市型スローライフと現代版遊牧民生活に絞っていきたいと思っています。

さてさっそく本題。

スローライフと大雑把に言えば、ボク自身の中には実は、いわゆるラットレースに疲弊した者たちが自分たちが戦線離脱するのをジャスティファイするプロセスで生まれてきたライフスタイル・・・そんなイメージがあった。

もちろんエコやらグリーンやらって話もあるんだけど、そんなものは所詮情報がもたらした後付の産物で、実際のところ、スローライフを唱える多くの人間はラットレースからファストトラックに乗り損ねた者たちなのでは?という印象。

ファストトラックにいてそれに満足している人たちはあまりスローライフだなんだって言わない気がする・・・ボクの勝手な印象かも知らないけど。

そこにいわゆるlaid back life 的な印象も重なるわけで・・・ボク的にはいただけなかった。 サマセット・モームの南太平洋ものを思い出す。

そんな中、Aleksandraと話しながら偶然にも行き当たったのが自給自足という話。

自給自足とはつまりdependencyを極限にまで下げることであり、人間の本質的な欲求を満たすためのルーチンをself sufficientにしていこうという話に他ならない。

彼女はこの発想を自らの戦争体験、3ヶ月間の無政府状態、電気や水道など、これまで信じていたインフラストラクチャーという下支えシステムが如何にfragile で信用に値しないということを身をもって体験した。

そのとき生活を支えたのが彼女の母であり、生きるということを本当にしてきた世代の経験と知識に救われる。そしてその経験と知識が自らの代で途切れることへの危機感からdependencyを極限にまで下げることに対しての模索を始めたというわけである。

 ボク自身は戦争という不幸な経験に後押しされたわけではないものの、これには非常にピンとくるものがある。

会社経営という経済オリエンテッドな脆弱さの上に身をおいている自分が持っている危機感もまさにこれに近いものだからである。

自分がやりたいことを住みなれた都市で行う。その上でどのようにして生活内に潜むdependencyを極限にまで下げることができるか?

そのことの追求は、自分がこれまで行ってきた事の弱さを浮き彫りにすると同時に、例えば会社経営、家族生活、など日々の暮らしの枠組みと価値を再度見直すことでもある。

そう思うと、毎日が再び非常にエキサイティングになってきた。これからしばらく、自分の今の生活をよく見て分析し、問題点を洗い出していきたい。

要素還元的な手法をとらなければならないところがアメリカに住むアジア人という意味ではなんとも物悲しいが仕方ない。 普段はアメリカ人に向かって禅の心とかいってるのに・・・。

Aleksandraは「それを都市で実践するのはかなりタフね」と言ってたけれど、ボクにはなんとなくできそうな予感がある。

前世代から引き継いだ世界観を今見直し、作り直し、それを実践することが、次世代が何かを掴むきっかけになればとも思う。

ということで、今日からそんなことを綴っていくつもり。自分の頭の整理の意味もあるのでつまらなかったらごめんなさい!